『ぼた餅は季節ごとに呼び名が変わるってホント!?』~子どもと一緒に食を考える #10

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『ぼた餅は季節ごとに呼び名が変わるってホント!?』~子どもと一緒に食を考える #10

Terry Naniwa

Terry Naniwa

編集・ライター稼業に従事すること30余年。 子育ては卒業も、新米パパ&ママに先人の教えや 大切な伝統を発信することをライフワークに活動中。 明治、昭和、平成と時をこえて今も息づく暮らしの知恵を 届けます。

春のお彼岸といえばぼた餅が思い浮かびますよね。「彼岸のぼた餅往ったり来たり」という言葉が残っていますが、彼岸にぼた餅をつくり、近所におすそ分けをする習わしを表しています。一方、秋のお彼岸にはお萩が同じようにつくられ、仏壇にお供えされていますが、実は同じものなんです。季節にによって呼び名が変わるとは、なんともお洒落な和菓子ですが、春と秋だけでなく、ぼた餅は夏も冬も、その呼び名が変わるのです。今回は、そんなぼた餅の不思議に迫ります。

ぼた餅はいつ頃から食べられているのか

ぼた餅の歴史を辿っていくと、江戸時代中期の「本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)」(1697年)に、「母多餅一名萩の花」の記述があり、当時は母多の字が使われ、萩の花ともいわれていたことがわかります。ただこの頃は、ぼた餅に必要不可欠な砂糖は一般的ではなく、庶民には浸透していなかったと考えられます。1700年代後半にようやく砂糖の普及が進みはじめ、米と小豆という日本古来の食材に甘みが加わり、当時のスイーツの核をなすものとして、ぼた餅が一気に市民権を得ていったのです。

牡丹の季節と萩の季節に食べる特別な和菓子

世間に広く浸透してきたぼた餅ですが、当時、砂糖はまだまだ貴重品であり、庶民にとっては特別な日にいただく高級な食べ物でした。先祖の霊を尊び感謝するという春と秋のお彼岸で、墓参りのお供え物とした後に、お下がりを受けて食べて楽しむという今も続くスタイルは、生活の知恵が作り上げた大義名分ともいえるでしょう。そして春のお彼岸の頃は、牡丹の季節なので、「牡丹餅」の字が当てられるようになったのです。

それに呼応して、秋のお彼岸の頃は、萩の季節なので、以前から使われていた萩の花の呼び名が変化し、「お萩」と呼ばれるようになったのです。江戸時代中後期の「物類称呼(ぶつるいしょうこ)」(1775年)には、「牡丹餅および萩の花は、形、色をもってこれを名づく」との記述が残っています。

その特異な呼び名はレシピに由来

春は「牡丹餅」、秋は「お萩」との呼び名が定着していった中で、庶民の生活水準が向上してくると甘くておいしいぼた餅は年中楽しむことが可能になってきました。しかしお供え物という大義名分がない、夏と冬には、何を理由にぼた餅を食べれば良いのか?その問題に応える形で、世間からぼた餅を隠す意味合いを持った符牒・隠語のような呼び名が誕生したのです。それが、夏の「夜船」、冬の「北窓」で、これはぼた餅ならではのレシピから名づけられています。

もち米とうるち米を混ぜて炊き、半搗きにして、丸めて周りに小豆餡をつけるのがオーソドックスなレシピです。一般的な餅は臼でペッタンペッタンと搗いて仕上げられますが、ぼた餅は、すり鉢でこねるような半搗きで作るため、いつ搗いて作るかわからないという意味から発生した呼び名になります。「いつ着くかわからない」という言葉遊びから、人が知らない間に着くのが夜の船との解釈で、夏場は「夜船」と呼ばれるようになりました。そして冬場は、「月がいつなのかわからない」という言葉遊びから、月の出もわからない方角に位置している窓の解釈で「北窓」とされたのです。先人たちの洒落っ気の中に日本語文化の粋が感じられますね。

明治の巨匠にも愛されたぼた餅

こうして人々の暮らしの中に定着してきたぼた餅ですが、ここで私たちがよく知る巨匠も大好物だったとのエピソードを紹介しましょう。『梨腹も牡丹餅腹も彼岸かな』、明治を代表する俳人・正岡子規の一句です。結核のため35歳の若さでこの世を去りましたが、晩年の闘病生活時代には、殊の外、ぼた餅を気に入って食していたようです。知人や弟子たちがお見舞いを持参する際には、ぼた餅をリクエストしたともいわれています。自らの死と向き合っていた子規にとって、ぼた餅のやさしい甘さと食感が何よりの安らぎを与えてくれたのでしょうか。『お萩くばる彼岸の使行き逢いぬ』、『餅の名や秋の彼岸は萩にこそ』、子規が残した三首からもその想いが伝わってきます。

後世に残したい日本の良き食文化

日本古来からの米と小豆、そこに砂糖が加わって創り上げられたぼた餅は、今でも餡菓子の代表格として根強い人気があります。日本の良き食文化のひとつでもあるぼた餅を、パパ・ママから子どもに、その歴史とともにおいしさをぜひ教えてくださいね。「夜船」や「北窓」といった日本語文化の粋が後世に残っていくよう切に願います。

【参考文献】

※ 『事典 和菓子の世界』| 株式会社岩波書店2018年刊

※ 『旬の日本文化』| 株式会社KADOKAWA2009年刊

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