この時期、関西ではイカナゴの季節を迎えます。神戸が発祥とされている郷土料理ですが、兵庫から大阪の家庭では「イカナゴのくぎ煮」が春の訪れる風物詩として食卓を賑わせています。ただ近年は、イカナゴ自体が激減し大阪湾では2024年に続き、今年も漁の見送りが発表されています。今回は日本の食文化の一つとして次世代にも残しておきたい「イカナゴのくぎ煮」についてご紹介します。
イカナゴの稚魚を使う「くぎ煮」
イカナゴは成長すると15cmほどになる細長い魚で、漢字では「玉筋魚」と記されます。これは、春先に稚魚が水面近くを細長い玉のように群れてキラキラと泳ぐ姿に由来する言われています。関西では春に獲れる3〜5cmほどの稚魚は「新子(しんこ)」と呼ばれ、くぎ煮にはこの新子が使われます。地形的に播磨灘や大阪湾は、イカナゴの産卵に適した砂地が広がっていたため、この地域で春に大量の稚魚が獲れ、その調理方法としてくぎ煮が定着していったのです。
因みにイカナゴは関東では「コウナゴ」、東北では「メロウド」と呼ばれており、日本各地で独自の名前を持つ魚としても知られています。
1980年頃から関西で広く普及した「くぎ煮」
くぎ煮のレシピはシンプルで、新鮮なイカナゴの稚魚(しんこ)を醤油と砂糖、生姜などで甘辛く炊き上げる調理スタイルです。古くは、瀬戸内沿岸地域の漁師の家庭などで作られていました。1980年頃から、明石の漁業協同組合の女性たちが、漁師向けに濃い味付けだったくぎ煮を一般家庭向けに改良したレシピを作成し、料理講習会を開き、普及に努めたことで関西の各家庭にも知られるようになりました。
やがて2000年代頃には、イカナゴ漁が解禁されると、地元の方は何キロもの新子を買い求めて、家庭で鍋一杯のくぎ煮を炊き、知人や親類に贈るようになりました。加えて、スーパーやデパ地下などでもくぎ煮が季節の風物詩として人気を集め出し、関西の春を代表する食文化として定着していったのです。
突如、激減したイカナゴの漁獲量
ところが、2017年に入るとイカナゴの不漁が続くようになりました。農林水産省の統計によると、1996年~2016年の漁獲量は、年平均で兵庫県が1万~2万トン(全国1位)、大阪府が1千~2千トンでしたが、2017年にはどちらも1/10以下に減少してしまったのです。以降は全く回復の兆しが見えず、2023年は兵庫県で1200トン、大阪府では100トンに満たない状況に陥りました。そしてついに昨年は、大阪湾での漁が見送りとなり、今年も先日、二年連続の見送りが発表されたのです。
水質の変化と海水温の上昇が原因?
なぜ急激な漁獲量の減少が起こったのか?兵庫県水産技術センターは、下水道の普及で海へ流れ込む窒素などが減り、餌になるプランクトンが育たないことや、海水温の上昇が影響している可能性があるのではとの見解を示していますが、有効な打開策は見えず、漁の見送りという苦渋の決断が続いています。
大阪府の漁業者らで構成される「府資源管理船びき委員会」では、今年もくぎ煮の製造販売も休止を発表し、「漁業者には水産資源を守り、くぎ煮の食文化を未来につなぐ責任がある。楽しみにしているお客さんには申し訳ない」とコメントを出しています。
子どもにも伝えておきたい日本の食文化
このような状況が続く中ですが、日本の食文化の一つが失われないよう、私たちも海の資源保護について関心を持ち考えていく必要があるのではと思います。パパキャリ世代のパパ・ママは、ぜひ、お子さんに、こうした状況を伝えるとともに、「イカナゴのくぎ煮」という春の風物詩を味わう機会を探してみてくださいね。
【参考文献】
※『日本を味わう366日の旬のもの図鑑』| 株式会社淡交社2022年刊